山行日 2014年8月13日(水)~14日(木)
山名・山域・県名 白山(2702.2m)
目的 2000m以上の山中テント泊、夏休みの人気山域の現状を知る
コース

8/13
6:00八条口発 京都東IC=福井北IC4350円=R416=R157=白峰温泉=9:50市ノ瀬着、10:40白山シャトルバス発500円=10:55別当出合、11:10出発…12:05中飯場…13:05別当覗…14:25甚ノ助避難小屋…15:55南竜ヶ馬場セントラルロッジ(幕営受付)…16:15テント場着、テント設営、夕食、19:30就寝

8/14
4:00起床、朝食、5:20テント場発~トンビ岩コース~6:45トンビ岩…7:15室堂~登拝道~8:10高天ヶ原…8:30御前峰△(2702,2m)白山奥宮…9:20室堂ビジターセンター<40分>~弥陀ヶ原~エコーライン~11:25テント場着、テント撤収、12:25セントラルロッジ発…13:15甚ノ助避難小屋…14:05別当覗…14:45中飯場…15:40別当出合、16:00バス発=16:15市ノ瀬着=17:00白峰温泉総湯550円=往路を帰り=22:00八条口着

メンバー CL:雅、N泉、N上、М本
天気  8/13-曇り、8/14-ガス後雨、後曇り
交通手段 公共交通機関
装備 <共同> 
エスパース緑4,5人用テント、テントマット3枚、ガスコンロヘッド2台、ボンベ2個、板、ツエルト1張、水ポリタン
<個人> 
基本装備、シュラフ、シュラフカバー、個人マット、食器、薄手の防寒着、スパッツ、帽子、手袋
入浴 白峰温泉総湯

夏合宿として計画出来なかったのは、反省すべき事である。ただ、今夏は台風11号の余波で日本全土の天気が不安定となり、登山者の士気は多少なりとも削れたかもしれない。

 少しでも登りませんかと誘うと、手を挙げてくれたメンバーがあり、それならどこか避難小屋利用の一泊計画でも立てようかと、加賀の大日山や伊那の戸倉山を探ったりもした。しかし、徐々に天候が好転するにつれ、同じ泊まるならテントでと
なり、メンバーからの要望もあった白山行きが決まった。

 集まってくれたのが新人さん達だったので、テントを担いで登り、2000mを越えた山中で泊まる事は、それなりの研修にもなる。また、日本三霊山の一つ白山(他の二つは富士山、立山)に、人出の多いこの夏休みに入ることの極一般性を体感し、山屋としての常識も育める。

当日朝からの出発では、どうしても歩き出しが遅くなるが、さすが白山、人の流れは途絶えない。泊まり装備を担いでの初めての登りは、バテてしまっては元も子もない。南竜ヶ馬場のテント場まで、何時間かかっても着きさえすれば良い。
ゆっくりと踏みしめる足取りのお陰で、沿道の花が充分に鑑賞できた。

 雨は小粒がパラつく程度で、夕食も翌日のパッキングも外で済ませる事が出来た。
夕食も最も普通のα米とレトルト丼。片付け事的な要素が強い山の食事も、美味しい美味しいと食べてもらえるのは、初体験という調味料が効いているからだろう。

 夜は暑くも寒くもなく快適。新人さんたちには、疲れた上での初山中テント泊のストレスはキツかったかもしれない。

翌日の頂上アタック日は、残念ながら早朝から濃いガスが立ち込めていた。それでも皆は元気に歩いてくれ、それを労うようにクロユリの群落が迎えてくれた。ガスは自然の風景だけでなく、室堂の要塞のような営業小屋群も大勢の泊まり客もぼやかしてくれて、名山の夏の本当の賑いもイマイチ伝わって来なかった。

 頂上への参道は、驚異的な人力で石が敷き詰められていた。以前来た時は、もっと荒涼とした何もない所を歩いた記憶がある。整然とした石道に導かれて、白山奥宮、御前峰に達した。2700m。皆には初の高山ながら、視界全く無し。お池巡りも予定していたが諦めた。室堂へ下山しようとすると、しっかりとした強い雨が降って来た。ビジターセンターに転がり込むと、雨宿りと1時のチェックインを待つ客でごった返していた。体を乾かし、合羽を着て下山にかかる。

 下りはエコーラインを取った。雨は止み、ガスの切れ間に竜ヶ馬場の平原と南竜山荘の赤い屋根とテント場のアワテントがパノラマとなって広がった。ヨーデルが聞こえてくるような風景だった。

 テント撤収時に雨が降っていなかったのはラッキーだった。この時を利用して、降雨時のテントの畳み方を練習することが出来た。そして、辛い辛い重荷の下り。“多分、登って来た事を後悔するよ”と予告しておいたが、疲れた体に鞭打ってゆっくりと高度を下げる。今度はバスにさえ間に合えば良い。

無事には帰って来たものの、かなり体にダメージが残ったはずだ。メンバーの中には、このグレードはまだ私には時期尚早だったという方もいた。でも、決して好い条件ではなかったのに辛抱して歩き切った事は、必ずや次へのステップになるだろう。この白山の写真をもう一度見れば、あのガスの向こうは何があったのだろう、とまた興味が湧いて来るに違いない。                
( 雅 記 )


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